Complete text -- "夏休みの宿題の事を書いたら、思い出したぞ!"

31 August

夏休みの宿題の事を書いたら、思い出したぞ!

 そういえば、夏休みの宿題のことで思い出した、というわけで書いておきます。
 私は中学か高校の頃に、太宰かぶれな国語教師に、夏休みの宿題の読書感想文を書き直させられたことがあります。

 理由は、課題図書「人間失格」を読んで、「主人公を自分に置き換えて、これだけ悪い人間は死んでもいいよね、と、作者自身の自殺を正当化するために書いたようで、とても不快だった」という意味の内容を書いたことです(私は今でも、あれはそういう作品だと思ってます)。
 それが気に入らなかったらしく、件の教師に呼び出され、「太宰先生に意見するとは、テメーは何さまだゴラー!」と、手抜き教師御用達アイテムである文部省(当時)の赤本(注1)の背で頭をゴツンとやられ、書き直しをさせられたわけですね。

 しかし、自分の正直な感想を書いた感想文が書き直しって、どーゆーことやねん!という思いは拭えず、腹いせに巻末の解説(通常、親作者的観点で書かれてますよね?)を丸写しして再提出しました(それが、やたらとほめられた。「お前はやればできるやつだ」とか何とか。アホか!)。

 まあしかし、ずいぶん「ハズレ」な教師に当たったものだと、いまだに思います。

(注1)
 赤本といっても、受験生必須アイテムのあの赤本ではなく、「教師の皆さんは、この教科書で授業をするなら、こういうポイントをおさえて授業しなさいね〜」ということが、文部省(当時)観点で朱書してあった本のこと。正しくは教員用指導書と言うらしい(今もあるのかな?)。
 この教師は、マジで赤本の内容べったりの授業しかやらなかった(注2)ので、陰では「赤本先生」と馬鹿にされていた(もちろん、某通信教育の「赤ペン先生」の"もじり"であることは言うまでもない)。

(注2)
中間・期末のテストまでもが赤本(クラスで金を出し合って買った物)の中にあったテストの出題例通りだったのには、あまりに「マニュアルに頼りきり」な姿勢に、クラスメイト一同、笑いを通り越して呆れた。
 特に、古文や漢文の読み下し文で、赤本の模範解答から少し違うだけ(「〜した所、」を「〜したところ、」に変えた程度)で×をつけ、生徒の反論にも「答えはそれで決まりなんだ」と耳を貸さなかったことが決定打になって、その教師の授業は誰も真面目に受けなくなった。
 ここを読んでいる教員の皆様もご注意あれ。最近の生徒(特に親が教員という生徒がいる場合)は、こういうカラクリをちゃんと見抜いてますぞ?
22:43:00 | yo-ta | | TrackBacks
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